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Japanese / 26.02.2014

ミサ聖祭はポール・サムラー神父の司祭人生において常に中心にあったが、特別形式のミサを捧げることは考えたことがなかった。ある日曜日までそうだった。その日、テキサスのボーモンツのラテン・マス・ソサィエティーに所属するジョン・モレルとマーク・ハリーがサムラー神父に特別形式のミサを捧げてくれないかと頼みに来た。サムラー神父はこう説明する。  「その時は大きい手術を受けた後だったから、3~4か月後に訪ねてほしいと彼らに頼みました。3か月と半後に彼らが再び訪ねてくるまで、私は彼らと短時間出会ったことをすぐに忘れてしまっていました。」  神父はかれらを司祭館での昼食に招き、彼らの話を聴くことができた。神父は話を続けた。   「この時点で彼らがラテン語ミサを望むことに戸惑っていたのですが、彼らの理由を喜んで聴きました。彼らがしゃべり、私が次々と質問するという形で、昼食を伴った打ち合わせはほぼ2時間にわたりました。彼らが私に語ってくれたことには、ボーモンツ司教区の何人もの司祭を訪ねたが、どの司祭も伝統的なラテン語ミサを捧げたくない様々な理由をあげたとのことでした。」  彼らの淀みのない正統なカトリックの霊性と教会への愛に印象付けられたサムラー神父は二人の若者にこう告げた。ラテン語ミサの侍者だったのは50年も前だが、私はこのミサを捧げるべくゼロから始めると。  「彼らが帰った後、私ははまりこんだぞと思いました」サムラ―神父はそう指摘する。  ことは進み、ラテン・マス・ソサィエティーが2011年6月の訓練ワークショップの費用(旅費込)を負担し、サムラー神父はネブラスカ州のデントンにある聖ペテロ会のグアダルーペの聖母神学校で、ジョゼフ・リー神父の指導の下、五日を過ごした。  サムラー神父はその時のことを「霊的強化合宿」と表現する。それは一日八時間半、五日間休みなしで行われた。一か月後、神父は最初の主日の読誦ミサを捧げた。それから2012年に歌ミサのワークショップに参加し、その時以来、毎日曜日の朝九時半に歌ミサを神父は捧げている。  小教区の人々も少し特別形式のミサに参列しているが、参列者の大部分はボーモンツ司教区の様々な場所から来ていて、その中には若い人や子連れの家族もいると、サムラー神父は説明する。  「60年間私の小教区を司牧したアウグスチノ会の神父様方のおかげで、私は美しい教会を受け継ぎました。私が主任司祭   の時、素晴らしい御像を幾体か修復し、それを教会内に設置しなおしました。それは人々に大きな幸せをもたらしました。教会内部は美しく、祈りへといざないます。毎日曜日のミサの前にはロザリオの祈りが唱えられています。」  サムラー神父は自分のラテン語ミサに与る会衆をこう特徴づける。彼らは霊的に深い、熱心なカトリック信者で、その信仰全体が多くの通常形式ミサを捧げる小教区でよく見られる典礼の乱用のためにひどく傷ついている、と。  「特別形式の霊的な影響は私にとっても大きなものでした。」と、サムラー神父。「私はイエスがミサをささげるようにすることを学びました。私が人々の注目を浴びていても、何も戸惑いません。イエスはミサと典礼の行為を通じて、自分自身について語られます。人々は私があたらしいことをやることを必要としていません。」  「この美しいミサ抜きに私の人生は想像できません。主日の歌ミサに加えて、火曜日から金曜日まで午後12時10分に読誦ミサを捧げています。私はジョン・モレルとマーク・ハリーに出会ったことをいつも感謝するつもりです。彼らに『ありがとう』と言いたい」と、サムラー神父は締めくくった。...